睡眠と成長の深い関係:成長ホルモン分泌を助ける睡眠の取り方
2026.02.26「寝る子は育つ」ということわざは、古くから言い伝えられてきました。子どもの身長を伸ばすためには「栄養」「運動」「睡眠」の三つが重要であることは広く知られていますが、多忙な現代社会において、特に「睡眠」は軽視されがちな傾向にあります。塾や習い事、スマートフォンの普及などにより、日本の子どもたちの睡眠時間は世界的に見ても短くなっています(1)。
しかし、睡眠は単なる脳と身体の休息ではありません。成長期の子どもにとって、睡眠は身長を伸ばすための極めて能動的な時間です。この時間こそが、成長の鍵を握る「成長ホルモン」が最も効率よく働く舞台だからです。
本稿では、小児内分泌学(成長とホルモンの専門分野)と睡眠科学の知見に基づき、なぜ睡眠が身長の伸びに不可欠なのか、そのメカニズムを解き明かすとともに、成長ホルモンの分泌を最大化するための具体的な睡眠習慣について、科学的根拠に基づき詳しく解説します。
成長ホルモン分泌のメカニズムと睡眠
まず、身長が伸びるメカニズムと、成長ホルモンの役割について整理します。
身長が伸びるとは、骨の端にある「骨端線(成長板)」と呼ばれる軟骨組織が増殖し、骨が縦方向に伸長することです。このプロセスを強力に推進するのが、脳の下垂体から分泌される「成長ホルモン(GH)」です。GHは、肝臓などで「IGF-1(インスリン様成長因子-1)」という物質の産生を促し、このIGF-1が骨端線に作用することで成長が促進されます。
成長ホルモンの分泌リズム
成長ホルモンは、1日を通して常に一定量が分泌されているわけではありません。分泌量には明確な日内変動があり、特に夜間の睡眠中に集中的に分泌されます。1日に分泌される成長ホルモンの総量のうち、実に約60〜70%が睡眠中に分泌されると言われています(2)。
重要なのは「時間帯」ではなく「睡眠の深さ」
かつて、「夜の10時から深夜2時までが成長ホルモンのゴールデンタイム」と言われ、この時間帯に眠っていることが重要だと考えられていました。しかし、近年の研究により、成長ホルモンの分泌は特定の「時間帯」に依存するのではなく、「入眠後の最初の深い睡眠」と強く関連していることが明らかになっています(3)。
睡眠には、浅い眠りの「レム睡眠」と深い眠りの「ノンレム睡眠」があり、一晩のうちにこれを繰り返します。ノンレム睡眠はさらに深さによって分類され、最も深い睡眠段階は「徐波睡眠(じょはすいみん)」と呼ばれます。
成長ホルモンの分泌が最大となるのは、入眠後約1〜3時間以内に現れる、最初の最も深いノンレム睡眠(徐波睡眠)のタイミングです。この時間帯に、1日で最大の分泌パルス(集中的な放出)が起こります。
したがって、たとえ夜遅くに就寝したとしても、入眠直後に質の高い深い睡眠が得られれば、成長ホルモンはしっかりと分泌されます。逆に、たとえ夜9時に寝たとしても、環境要因などで睡眠が浅く、深く眠れていなければ、成長ホルモンの分泌は不十分になります。「ゴールデンタイム」は時間帯ではなく、眠り始めの「深さ」にあるのです。
成長を妨げる睡眠の問題点
睡眠が成長に不可欠である反面、現代の子どもたちを取り巻く環境は、質の高い睡眠を妨げる要因に満ちています。睡眠の問題は、「量」「質」「タイミング」の3つの側面から考える必要があります。
慢性的な睡眠不足(量の問題)
最も単純で深刻な問題は、睡眠時間の不足です。睡眠時間が短くなれば、成長ホルモンの分泌機会も減少します。
また、睡眠不足は成長ホルモンの分泌を抑制するだけでなく、食欲を増進させるホルモン(グレリン)の分泌を増やし、食欲を抑制するホルモン(レプチン)の分泌を減らすことが知られています(4)。これは肥満のリスクを高めます。過度な肥満は、思春期を早め、結果的に最終身長を低くする可能性も指摘されており、間接的にも身長に悪影響を及ぼします。
睡眠の質の低下(質の問題)
たとえ十分な睡眠時間を確保していても、睡眠が浅かったり、途中で何度も目が覚めたり(中途覚醒)すると、成長ホルモンの分泌効率は著しく低下します。前述の通り、成長ホルモンは深い徐波睡眠と関連しているため、この深い睡眠段階に到達できない、あるいは維持できない状態は、成長にとって大きな損失となります。
概日リズムの乱れ(タイミングの問題)
人間の身体には、約24時間周期でリズムを刻む「体内時計(概日リズム)」が備わっています。ホルモンの分泌もこのリズムに基づいています。夜更かしや週末の過度な寝だめは、この概日リズムを容易に乱します(社会的時差ボケ)。
リズムが乱れると、睡眠の質が低下するだけでなく、ホルモンバランス全体に影響が及びます。例えば、睡眠を促す「メラトニン」の分泌タイミングが遅れたり、ストレスに対抗するための「コルチゾール」の分泌パターンが変化したりします。コルチゾールが過剰になると、成長ホルモンの働きを抑制する可能性も指摘されています。
睡眠障害と成長障害:睡眠時無呼吸症候群(SAS)
見過ごされがちな重要な問題として、睡眠障害があります。特に「小児睡眠時無呼吸症候群(SAS)」は、成長障害の直接的な原因となることが知られています。
SASは、睡眠中に気道が狭くなることで、呼吸が止まったり弱くなったりする病気です。主な原因は、アデノイドや扁桃の肥大です。いびき、口呼吸、寝汗などが特徴的な症状です。
SASが成長を妨げる理由は複合的です。呼吸が苦しくなるたびに脳が覚醒反応を起こすため、深い睡眠が維持できず、成長ホルモンの分泌が著しく抑制されます。また、慢性的な酸素不足により、細胞の代謝や成長因子の働きも阻害されます。
実際に、SASを持つ子どもは低身長を示すことが多く、原因となるアデノイドや扁桃の摘出手術を行うと、成長ホルモンの分泌が正常化し、急速な追いつき成長(キャッチアップ成長)が見られることが報告されています(5)。もし、いびきがひどく、身長の伸び悩みが気になる場合は、専門医による評価が必要です。
身長を伸ばすための「戦略的睡眠習慣」
では、成長ホルモンの分泌を最大化し、身長の伸びをサポートするためには、具体的にどのような睡眠習慣を目指すべきでしょうか。
適切な睡眠時間(量)の確保
まず基本となるのは、年齢に応じた十分な睡眠時間を確保することです。米国国立睡眠財団(National Sleep Foundation)が推奨する年齢別の睡眠時間は以下の通りです(6)。
- 3〜5歳:10〜13時間
- 6〜13歳(小学生):9〜11時間
- 14〜17歳(中高生):8〜10時間
これらの推奨時間を参考に、お子様の生活スケジュールを見直しましょう。
入眠直後の「深さ」(質)を最大化する
成長ホルモンの分泌効率を高めるためには、眠り始めの深い睡眠(徐波睡眠)をいかに確保するかが鍵となります。そのための環境整備と行動習慣が重要です。
- ブルーライトの抑制とメラトニン:
夜間に強い光、特にスマートフォンやタブレット、PCから発せられるブルーライトを浴びると、脳は「まだ昼間だ」と錯覚し、睡眠ホルモンである「メラトニン」の分泌が抑制されます。これにより寝つきが悪くなり、深い睡眠が得られにくくなります。就寝の1〜2時間前からは、これらの電子機器の使用を避けましょう。寝室の照明も、明るすぎる白色光ではなく、暖色系の落ち着いた光に調整します。 - 深部体温のコントロールと入浴:
質の高い睡眠を得るためには、身体の内部の温度(深部体温)がスムーズに下がることが重要です。入浴は一時的に深部体温を上げますが、その後、熱が放散されて体温が下がるタイミングで自然な眠気が訪れます。就寝の1〜2時間前までに、ぬるめのお湯(38〜40℃程度)にゆっくり浸かるのが効果的です。 - 就寝前の食事を避ける:
就寝直前の食事は避けるべきです。食後は血糖値が上昇しますが、高血糖状態は成長ホルモンの分泌を抑制することが知られています(7)。また、消化活動のために内臓が働き続けるため、睡眠の質も低下します。夕食は就寝の2〜3時間前までに済ませるのが理想的です。 - 快適な寝室環境:
静かで、暗く、適切な温度・湿度(夏は25〜28℃、冬は18〜22℃程度、湿度は50〜60%)の寝室環境を整えることも、深い睡眠を維持するために重要です。
概日リズム(タイミング)を整える
体内時計を整え、ホルモン分泌のリズムを最適化することも重要です。
- 起床時刻を固定する:
就寝時刻が多少遅くなっても、起床時刻は毎日一定に保つことが、概日リズムを安定させる最も効果的な方法です。休日も平日との差を1時間以内にとどめ、「社会的時差ボケ」を防ぎましょう。 - 朝日を浴びる:
朝、太陽の光を浴びることは、体内時計をリセットし、夜のメラトニン分泌を適切なタイミングで開始させるスイッチとなります。起床後はまずカーテンを開けましょう。 - 適切な昼寝:
もし日中に強い眠気がある場合は、短時間の昼寝が有効です。ただし、午後3時以降の昼寝や、長すぎる昼寝(30分以上)は、夜の深い睡眠を妨げる可能性があるため注意が必要です。
睡眠と他の要素(栄養・運動)との相互作用
睡眠、栄養、運動は独立しているのではなく、相互に影響し合っています。
適度な運動は、心身の疲労回復を促し、睡眠の質(特に徐波睡眠)を高める効果があります。ただし、就寝直前の激しい運動は、交感神経を興奮させ、深部体温を上げすぎてしまうため、逆効果になることがあります。
栄養面では、メラトニンの材料となるトリプトファン(必須アミノ酸の一種)や、その代謝に関わるビタミンB群などをバランス良く摂取することが、質の高い睡眠につながります。
おわりに
「睡眠」は、お子様の身長を伸ばすために、ご家庭で実践できる最も手軽で、かつ効果的な成長戦略です。まずは日々の睡眠習慣を見直すことが、その子が持つ成長の可能性を引き出す第一歩となります。
まずは、お子様の睡眠時間と生活リズムを客観的に把握し、本稿で紹介した「戦略的睡眠習慣」を一つずつ取り入れてみてください。同時に、身長の伸びを「成長曲線」で記録することも重要です。
もし、生活習慣を整えても身長の伸びが著しく遅い場合や、いびきなどの睡眠障害が疑われる場合は、背景に医学的な要因が隠れている可能性も否定できません。そのような場合は、早めに小児内分泌専門医にご相談ください。
当院では、成長ホルモン治療(自費診療を含む)といった医学的介入だけでなく、睡眠や栄養といった生活習慣の指導も含め、科学的根拠に基づき、お子様の健やかな成長を総合的にサポートしてまいります。
【出典・参考文献】
(1) Iglowstein I, et al. Sleep duration from infancy to adolescence: reference values and generational trends. Pediatrics. 2003;111(2):302-307.
(2) Takahashi Y, Kipnis DM, Daughaday WH. Growth hormone secretion during sleep. J Clin Invest. 1968;47(9):2079-2090.
(3) Van Cauter E, Plat L. Physiology of growth hormone secretion during sleep. J Pediatr. 1996;128(5 Pt 2):S32-S37.
(4) Taheri S, et al. Short sleep duration is associated with reduced leptin, elevated ghrelin, and increased body mass index. PLoS Med. 2004;1(3):e62.
(5) Bonuck K, et al. Growth failure and sleep disordered breathing: a review of the literature. Int J Pediatr Otorhinolaryngol. 2006;70(5):769-778.
(6) Hirshkowitz M, et al. National Sleep Foundation's sleep time duration recommendations: methodology and results summary. Sleep Health. 2015;1(1):40-43.
(7) Klover P, et al. Glucose-dependent insulinotropic polypeptide (GIP) and growth hormone (GH) secretion: evidence for a orexigenic role of GIP in the regulation of GH. J Clin Endocrinol Metab. 2003;88(7):3177-3182.
・日本小児内分泌学会編. 小児内分泌学 改訂第3版. 診断と治療社.
・日本睡眠学会. https://jssr.jp/
